本研究の目的は、非経験的分子軌道法や密度汎関数法を用いて金属錯体の電子の柔軟性とそれを制御する金属や配位子の電子的要因の解明することにより触媒反応の開発・制御への知見を得ようというものである。主に二つの方面からこの課題に取り組んだ。一つは、実在する触媒反応や有機金属反応の反応機構や選択性発現因子を解析することによって、錯体触媒反応設計への指針を得ようとするもの、もう一つは、電気陰性度や原子半径のような、化学の基礎的概念でありながら必ずしも定量性が明瞭でないものに対して、触媒反応設計へ生かすことができるような新しい尺度を導こうというもの、である。前者に対しては、たとえば、次のような課題に取り組んだ。1)Ru錯体触媒によるオレフィンへの芳香族ケトンのオルCH結合付加の触媒サイクルの機構と領域選択性の制御因子の解明、2)(arene)Cr(CO)_3の構造と電子状態と求電子反応性、3)ホスフェニウム鉄錯体における、14族元素配位子の転移反応の選択性制御因子の解明、4)Pd-Co二核錯体におけるCO挿入反応の機構解明、5)Ru_3(CO)_<12>触媒によるベンゾイミダゾールCH結合活性化の位置選択性発現機構の解明、6)Ru錯体触媒による末端アルキンへの水和における逆マルコウニコフ選択性発現機構の解明。それぞれの触媒反応・有機金属反応に対して、選択性や反応機構を支配する電子的因子を明らかにすることできた。そして、後者に対しては、1)静電ポテンシャルのcritical pointの値を用いたホスフィン配位子の電子的効果の理論的見積もり、2)静電ポテンシャルのcritical pointの値を用いた原子や原子団の電気陰性度の評価法、3)水素化物を用いた原子半径の統一的見積もり、である。
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