有機金属炭素求核種を用いた反応は、その金属中心の混成状態により大きく影響をうける。しかしこういった現象はこれまで、その本質的な解明は行われず、一般に「溶媒効果」「添加物効果」といった経験的現象としてとらえられる場合が多かった。つまり、金属の混成状態を古典的な有機化学の概念で理解することの限界を示しているといえよう。今回本研究において、理論的計算化学によりこの現象の本質的理解を目指した。 有機スズエノラートは添加物効果を大きく受け、その反応選択性が大きく変化することを我々は以前に報告している。スズエノラートはカルボニル化合物に対して極めて効率良く付加反応を起こすのに対し、ハライドに対しては置換反応を起こさない。ところがテトラブチルアンモニウムブロマイドを臭化物イオン源として加えると、この反応性が完全に逆転し、ハライドへの反応性が生起し、カルボニル化合物に対しては反応が進行しなくなる。このとき、臭化物イオンがスズに配位して、中心金属の混成に変化を与えていると仮定している。実際これら両方の系を計算によりエネルギー反応プロファイルを検討すると、添加物を加えた系ではスズが5配位となり、三角両錐構造をとっていることがわかった。このときスズ中心のルイス酸性の低下がみられ、カルボニル酸素との相互作用が弱められ、非環状遷移状態を経ることが示された。これにより無添加系の環状遷移状態に比べて、エネルギー的にはるかに不利になっていることがわかった。一方、スズエノラートのオレフィン炭素部分での電荷分布が配位により大きな影響を受け、分布の差が広がっており、このことが高配位化スズエノラートのハライドへの求核性の向上として観測されたものと考えられる。
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