研究概要 |
筋肉にあるミオシンはATP加水分解反応によりアクチン繊維に運動を起こさせるモータータンパクである。ATPを分解する反応ステップはミオシン表面の疎水性の変化と密接に絡んでいることをこれまで行った誘電法による水和解析により明らかにしてきた。要約すれば、タンパク1分子の中にエンタルピーの高い状態とエントロピー的に高い状態の2つの構造をとることが可能で、しかもそれぞれ自由エネルギーレベルではあまり変わらない場合には、わずかな外部刺激で1つの構造からもう一方の構造へ変化することができる。 このエンタルピーとエントロピーを補償させる機構を応用してやれば、ON/OFFスイッチを1個の分子で確実に起こさせる手法として利用できる。われわれは、この原理ではたらく1分子スイッチを有機化学的に作成することを試み(2R,3R)-N,N′-Dialkyl tartaric acid amideを合成した。この分子は、疎水基が1対、水素結合部位が1対、それらが拮抗して結合するようにヒンジ(不斉炭素をつなぐシグマ結合)1つを有する。これらn-アルキル/ピレニル酒石酸アミド(butyl,hexyl,octyl,decyl,dodecyl,pyrenyl)は、CDCl_3・CH_3OH混合溶媒系でメタノールの濃度変化によりコンフォメーション変化が不連続にかつ可逆的に起こることからスイッチ機能を有する有機分子を構築できた。 可逆的に大きな構造変化をおこなうアポミオグロビンにおけるNative,Molten Globule,Unfolding各状態間の遷移における水和状態の変化を調べた。ここでは繰り返し測定における分解能を比誘電率で0.02まで高めたマイクロ波誘電測定法を開発し測定を行った。これにより、これまで検出し得なかった上記3状態間の水和解析を精度良く行うことが可能になった。その結果、Native,Molten Globule,Unfoldingの3状態における水和量が判明し、熱力学的理解が進んだ。この結果はミオシン同様、分子レベルの構造スイッチを実現する上での溶媒和の利用の重要な基礎になると思われる。
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