研究概要 |
本研究では、温度を物理的な刺激として捉え、特定の温度領域にのみシンクロナイズした高分子鎖の絡み合い変化による酵素分解制御システムを検討している。これまでに、グラフト鎖長の異なるN-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)とジメチルアクリルアミド(DMAAm)との共重合体[poly(NIPAAm-co-DMAAm)]を種々にグラフトしたデキストラン(DEX,Mn=40,000)の合成法を確立した。さらに、下限臨界溶液温度(LCST)以上での不均一条件にすると、LCST以下の均一条件と比較してデキストラナーゼによる分解が促進されることを見出した。本年度は、この温度にシンクロナイズした酵素分解における要因を明らかにするため、グラフト鎖長を種々に変えてグラフトコポリマーの酵素分解特性を評価した。さらには、poly(NIPAAm-co-DMAAm)をグラフトしたDEXを3次元架橋したヒドロゲルを調製し、ヒドロゲルでのシンクロナイゼーションを検討した。 1:温度にシンクロナイズした酵素分解におけるグラフト鎖長の影響 DEX1分子鎖あたりの導入量をほぼ統一したグラフトポリマー(グラフト鎖のMn:1,510、3,800、9,140)を合成し、緩衝溶液中での酵素分解に伴う粘度測定及びGPCによる分解産物の定量から評価した。LCST以下では、グラフト鎖の分子量の増大に伴い酵素分解が抑制される傾向が見られたが、LCST以上では、分子量によらずDEX単独の酵素分解と同様に分解が進行した。これより、グラフト鎖の分子量が9,140の時は、LCST以下で約60%分解が抑制されており、温度とのシンクロナイズにはグラフト鎖長を長くする必要があることが明らかとなった。以上のことは、LCST以下でのグラフト鎖とDEX鎖との絡み合いが酵素のDEX鎖への接近を抑制し、LCST以上ではグラフト鎖が収縮して絡み合いが解消される機構が温度とのシンクロナイゼーションを可能にしていることを示唆するものであった。 2:温度応答型高分子をグラフトしたデキストランヒドロゲルのシンクロナイズド分解 グラフトポリマー(グラフト鎖のMn:3,800、9,140)中の水酸基をp-ニトロクロロホルメートで活性化し、これとへキサメチレンジアミンとの架橋反応からヒドロゲルを調製した。調製したヒドロゲルの含水率は、LCST以上・以下に関わらずどれも94〜96%を保持していた。このことは、LCST以上でのグラフト鎖の脱水和に伴うヒドロゲルの収縮がほとんどなく、膨潤したヒドロゲル中でグラフト鎖のみがコイル-グロビュール転移していることを示唆している。デキストラナーゼ存在下におけるヒドロゲルの重量変化の測定から、溶液の場合と同様グラフト鎖の分子量が9,140の時にLCST以下での分解の抑制が見られた。これは、溶液中で見られた温度にシンクロナイズした絡み合い構造の変化がヒドロゲルの場合にも生起していることを支持している。含水率がLCST以上においても変化していない事実を考慮すると、コイル-グロビュール転移に伴ったグラフト鎖間の凝集はほとんどなく、グラフト鎖1分子の転移による絡み合いの解消が酵素分解を可能にしているものと推察される。
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