本研究の目標は、昆虫の嗅覚学習の特徴とその中枢機構を明らかにすることである。本年度は、その第一歩として、ゴキブリとコオロギの嗅覚学習能力について調べた。 広場にペパーミントとバニラの匂いの源を置き、ワモンゴキブリに自由に選択させる嗜好性テストを行うと、ほとんどのゴキブリはバニラを選んだ。そこで、バニラの匂いを食塩水(無報酬)と、ペパーミントの匂いを砂糖水(報酬)と連合させる学習訓練を行った。わずか1回の訓練によりペパーミント嗜好性の有意な増加が見られた。1回の訓練で成立した記憶は少なくとも1週間保持された。また、3回の訓練で成立した記憶は少なくとも4週間保持されていた。ペパーミントで3回訓練を行った個体に対して、ペパーミントと食塩水を、バニラと砂糖水を連合させる再訓練を行ったところ、3回の訓練で得られた記憶は3回の再訓練で完全に消去された。 クロコオリギでも同様な学習実験を行った。報酬には水を用いた。コオロギも学習前の嗜好性テストではペパーミントよりもバニラを選んだ。3日以上断水したコオロギにペパーミントと水を連合させる学習訓練を一回行うと、ペパーミント嗜好性の有意な増加が見られた。1回の訓練で成立した記憶は少なくとも1日間保持され、3回の訓練で成立した記憶は1週間後にもほとんど滅衰しなかった。3回の訓練で成立した記憶は3回の再訓練で完全に消去された。 上記の研究により、ワモンゴキブリとクロコオロギは極めて優れた匂い学習の能力を持ち、匂い学習の中枢機構の研究材料として適していると結論づけられた。今後、上記の成果を基盤に、匂い学習の成立に伴うキノコ体ニューロンの活動変化についての電気生理学的な解析を進めていく。
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