[1]雄カイコガ(Bombyx mori)の嗅覚系一次中枢(触角葉)における匂い識別のためのコーディングを単一神経レベルおよび複数神経細胞の時空間的活動パターンのレベルから分析した。[2]カイコガのフェロモン源の探索を指令する「フリップフロップ応答」の脳内形成機構を分析するとともに、視覚情報がどのように運動指令情報の形成に関与するかを分析した。 [1]触角葉における匂い識別 触角葉は57±1個の糸球体からなり、その内28個を同定した。雄の大糸球体は3つの小領域から成り、それぞれの小領域とフェロモン成分に対する応答の間で明瞭な関係を見出した。また、風(機械感覚)刺激により一過的に興奮する前大脳から触角葉にフィードバックするセロトニン作動性神経を明らかにし、セロトニン(10^<-4>M)の触角葉投与により、フェロモン刺激で発現する行動の閾値が有意に低下することを明らかにした。さらに触角葉へのセロトニン投与により触角葉で興奮の増大・延長の生じることを膜電位感受性色素を用いた光学計測法により観察した。 [2]前大脳における嗅覚情報経路および視覚情報の統合 前大脳の側副葉を介した神経経路を単一神経レベルから分析し、匂い源探索時のプログラム化された行動パターンの指令的情報が左右の側副葉を介した経路で形成されることを示した。側副葉は2つの小領域からなり、左右の側副葉は両側性神経によって結合される。そのうち4つはセロトニン作動性様神経であり一方の小領域のみで分枝をもつ。また、他の一部はGABA作動性様神経であった。嗅覚情報は側副葉から2種類の下行性介在神経によって運動系に伝達されるが、左右複眼からの視覚情報がこれらの下行性神経に統合されることを明らかにした。行動実験においてもフェロモンによって解発される定型的行動パターンが視覚情報によって修飾されることを見出した。
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