感覚情報は環境下で時々刻々と変化する。このような環境下で昆虫は環境情報を取得し、適応的行動を発現する。匂い源から放出された匂い分子は、空中で複雑に分布する。このような条件下で昆虫は、数キロメートルも離れた匂い源(フェロモン)の探索を実現している。本研究では、匂い情報が昆虫の微小な脳システムでいかに信号処理され、匂い源探索行動の実現されるかを解明することを目的とした。 歩行昆虫であるカイコガ(Bombyx mori)は、空中に離散的に存在するフェロモンの匂い情報を受容するたびに、反射と定型的な行動パターンからなる2つの行動を解発することを明らかにした。すなわち、匂い刺激の期間中発現する刺激方向への直進歩行、そして刺激終了後に発現するジグザグターンから回転に移行する継続的な歩行である。ジグザグターンの大きさは、ターン毎に有意に増大する。この一連の行動パターンはプログラム化されており、空中に離散的に存在するフェロモンを受容するたびに、初めから繰り返される(リセットされる)。 このようなプログラム化された行動の神経基盤は、脳内で形成される信号であり、これはコンピュータの記憶素子であるフリップフロップと同様な動作特性を持つことを明らかにした。また、単一神経細胞のレベルで、この特徴的な神経活動の形成に関与する神経回路を明らかにした。 このような昆虫の微小脳による行動発現機構を小型の移動ロボットを用いて評価したところ、ロボットにもカイコガと同様の行動パターンが発現し、匂い源に定位する行動を示した。この結果は、カイコガが、空中の匂いの離散的分布に依存して、プログラム化された行動パターンを繰り返すことにより、複雑に変化する匂い環境下で、匂い源探索を実現することを裏付けるものである。
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