昆虫においては、これまで覚醒あるいは意識レベルに関する研究はほとんどおこなわれていない。そこでコオロギの擬死行動をモデル系として用い、擬死中の感覚刺激に対する行動反応と神経応答の記録により、擬死の仕組みを解析した。また、種間比較により、擬死の機能を解明した。 不動化中のコオロギでは、種々の感覚刺激に対して覚醒反応が著しく低下することがわかっている。そこで、聴覚、気流、触覚等の刺激に対する反応を腹部縦連合中を上行・下行する介在ニューロンの活動電位を慢性電極で細胞外記録した。刺激は、おもに侵害性のもので、平常時のコオロギに明確な行動反応を引き起こすものを用いた。1)感覚応答:擬死中は、触覚へのショック、耳への超音波、後翅への接触に対しては、ほぼ無反応となった。頚部縦連合からの記録では、上行性の応答には大きな変化はなく、脳からの下行性の活動がブロックされていることが判明した。一方、尾葉への風刺激に対しては、擬死中は体への接触入力がある場合には反応が抑制され、ない場合には逆に即通されることがわかった。2)不動化中の反射機能:コオロギの擬死行動時、足を強制的に動かすとそのままの位置で留まるカタレプシーが生じるが、これは腿節弦状器官腹側スコロパリウムにある2つのニューロングループによる拮抗的影響のバランスが崩れるためであることが判明した。3)不動化の種間比較:擬死はフタホシコオロギでおこるが、エンマコオロギではおこらない。解発機構の面からこの問題にアプローチしたところ、前者では胸部背板上の感覚毛が圧迫に応答するのに対し、後者では剛毛状で接触に対して応答することがわかった。この違いが、フタホシコオロギが狭所にもぐりこみ自ら胸部に圧迫を受けて擬死するのに対し、エンマコオロギがジャンプと歩行によって逃走することの一因となっている。 以上より、昆虫の擬死行動の解発と保持中における中枢機構の一部があきらかとなり、また、擬死行動の進化適応についての重要な示唆が得られた。
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