コオロギの空気流感覚系とそれにより引き起こされる逃避行動を用い、感覚除去後の行動補償に必要な飼育条件について調査した。片側尾葉を切除したコオロギを体長よりわずかに大きい直径のガラス瓶内で飼育し、2週間後に空気流刺激に対する逃避行動を調査した。その結果、行動の発現率は大きなケージで飼育したコオロギと同様であったが、逃避の方向については大きなケージで飼育したコオロギと異なり、補償的回復が全く見られないことが明らかとなった。また、対照実験により拘束そのものが運動系に悪影響を与えてはいないこと、および外界からの風はこのような補償に関与しないことが明らかとなった。したがって、コオロギが空気流刺激に対する逃避方向を補償するためには、自由に動くことのできる環境が必要であることが判明した。このことから、コオロギの微小脳システムは自身の動きから期待される空気流感覚系への自己刺激と、実際の引き起こされる自己刺激との不整合性を手がかりに巨大介在神経(GI)群の機能補正を行っているという仮説をたて、それを検証する方向で研究を進めた。そのため、自己刺激量を予測するために必要な、自発歩行時の運動出力のコピーシグナル、すなわちEfference copy(あるいはColorally discharge)に相当する情報をGI群に伝えているであろう下行性の介在神経の同定を試みた。自発歩行中に腹部縦連合から下行性の神経活動を記録し、それらの発火パターンについての解析を行った結果、自発歩行中にリズミカルなバーストを示す下行性介在神経が存在することが判明した。それら下行性介在神経のバースト頻度は歩行速度すなわち自己刺激量をコーディングしていること、また左右の下行性介在神経の同時記録から、それらのバースティングパターンはコオロギの歩行の方向をもコーディングしていることが判明した。これらのことから、それらの下行性介在神経は自発歩行時の運動出力のEfference copyを腹部最終神経節へと伝え、神経系の補償的機能回復に関与している可能性が強く示唆された。
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