本研究は、基礎・応用両面からの関心が高まっている有機半導体などの分子性薄膜について、電荷輸送や光電変換などの電子物性を担う価電子状態と(その直上の)空状態の両電子構造を、前者は紫外光電子分光法(UPS)、後者は逆光電子分光法(IPES)という有力な直接観測法を用いて、同一試料のその場観測により精確に把握する手法を確立するために行ってきた。 両測定手法を併用した有機薄膜の広域電子構造の実験研究例は極めて少なく、代表者らが両電子構造について各々別の装置で行っている測定であってもその意義は大きい。しかし、とくにIPESのエネルギー分解能を高め、特定の試料状態の有機薄膜について広域電子構造を一挙に把握できれば、有機薄膜の物性研究に飛躍的な貢献が期待でき、本研究ではこれを目指してそのユニークな観測系の構築を進めてきた。 このような観測系について、希ガス共鳴線の真空紫外光源と半球型電子分光器の組合せによるUPSは、十分な光源強度とエネルギー分解能が得られることが分かった。IPESについては、エネルギーと空間の両分解能とビーム強度の困難な両立を図って127°静電分光型フィルターを備えたシート状ビーム電子源を用い、高分解能と明るさの両立を期した球形凹面回折格子-位置敏感検出素子によるポリクロメーター式の信号検出・処理系を組み合せることにより、入念な検討・準備・設計を経て全く新しい計測システムとして概ねその構築を完了した。ただし、これらの測定器を設置した超高真空系に年度後期に生じた深刻なトラブルの解消に時間を費やされ、今後その最終的な調整を行う。一方、この広域電子構造観測系の真価を問うためにも有効な現有装置を用いての研究は、昨年度まで以上の諸条件下での測定試行を交え、長鎖アルカンや安定ラジカルをその集合状態を制御しながらとくに空状態の電子構造に注目して行った。
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