本年度はアルツハイマー痴呆症の高齢者の交通安全に関する文献研究および以下に述べる実験的研究を行なった。先行研究によれば、アルツハイマーの初期患者の事故率は健常高齢ドライバーの8倍にのぼるという。その主な原因はParasuramanの研究によると選択的知覚能力の衰退と考えられる。またCushmanの研究では、有効視野の低下が高齢ドライバーにおいて有意な低下をみるという。たしかに、交通安全行動にとっては視覚的情報処理能力の低下は大きな問題といえる。しかし、このような視覚情報取得能力の低下と同時に、自己の運転能力に関する正しい評価能力に問題が起こっている可能性も否定できない。しかし、これまでの文献的検討の結果、いまだこの自己評価能力についての問題に触れた研究は認められないのである。運転技術についての誤った自己評価、特に「過信」が事故原因の一つであることが知られている(Keskinen 1995)。本研究の初年度では、安全運転に直結した心身機能、特に危険認知能力について正しい自己理解の改善が高齢者において十分なし得るかについて検討するために実験教育をおこなった。具体的には、申請者自身が開発した診断テスト「予知郎」を用いて危険認知能力の診断を行い、さらに小集団討議を通してのフィードバックにより、自己評価の客観性を確かめるというものである。その結果、75歳以下の高齢者グループにあっては自己評価が安全教育の結果適切な方向に変化したが、75歳以上の高齢者クループにおいては改善が認められたかった。自己の能力についてのフィードバックが行われたにもかかわらず自己評価の修正が行われないことは安全行動への補償行動が不十分になることを意味する。トレーニングの方法をさらに改善して高齢ドライバー、とくに初期アルツハイマー患者の、ドライバーとしての自己評価能力の可能性を検討することが来年度の課題と考えられる。
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