和周波ゲートの方法を用いれば2μmまでの近赤外領域でフェムト秒発光分光が可能になる。本研究では、時間分解能の向上を図り、精密なデータを収集すること、対象物質の範囲を広げること、波束形状の時々刻々の変化を再現することを目標とした。フェムト秒レーザーを用いて擬1次元白金錯体の一つであるPt-Br結晶をCT(電荷移動)バンドにおいて励起し、生成された励起子の自己束縛過程とその崩壊過程を発光によって観測した。その結果、0.7eVから1.4eVの広いエネルギー範囲で各エネルギーに特徴的な振舞いを示す振動的な発光がみられた。当初の時間分解能は90fsであったが、本研究において50fsという発光測定としては世界記録にほぼ等しい分解能を達成し、極めて明瞭な振動構造を得ることに成功した。分子振動に対応するポテンシャル面上での波束の運動を実時間軸上で観測するこれまでの方法(カスケード励起によるイオン化や過渡吸収など)では、ただ一つの原子間距離における波束振幅を時間的に追跡しているだけなので、波束の形状を知ることはできなかった。これに対し、我々の方法ではいろいろな原子間距離における波束振幅の時間変化を追跡しているので、すべての観測結果を矛盾なく再現するモデルを構築することにより、実際の波束形状の時間発展を復元することが可能である。多数のノーマルモードを重ね合わせた相互作用モードによって波束を記述し、実験を再現するようにパラメータを最適化した結果、波束の振幅および幅の時間変化を再現することができた。この解析結果によれば、波束の幅は振動の1/2周期の時点で約2.5倍、1周期の時点では3倍近くまで広がることが分かった。
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