研究概要 |
室温付近の高温相で顕在化するC_<60>単結晶の光重合反応においては、緩和励起三重項準位がその前駆状態となっていると推定される。初年度・二年度においては、発光測定とラマン散乱測定を中心とした光学実験を実施し、C_<60>単結晶の基礎吸収端直下に溶液試料には見られない特有な局在電子状態が存在すること、それが固体相における最低エネルギー準位を構成していることを明らかにした。固体相に特徴的なフォトルミネッセンス(一重項発光)は、この局在準位を始状態とする脱励起の結果生じている。この局在準位のスピン三重項準位が光重合の前駆状態である可能性が高い。しかし一方で、過去になされた報告から、基礎吸収端直下の領域には、200K辺りから現れ260K以上の高温相において急激に成長する、原因不明の"異常光伝導ピーク"の存在が知られている。つまり、C_<60>単結晶における最低エネルギー準位の実態については、いまだ不明な部分が多かった。 光重合の機構を理解する上で、この異常光伝導の原因を解明し、固体相に特徴的な光学物性と電子物性とを規定する最低エネルギーの電子励起状態の実態、すなわち、バルクのフレンケル励起子と局在電子状態の具体的役割と相互の関わりを明確にすることが極めて重要である。このような状況認識の基で、二年度後半から三年度においては新たに光伝導測定装置を整備して吸収端域スペクトルの裾構造の温度依存性の測定と光伝導スペクトルの追試実験を行うとともに、発光スペクトル微細構造の解析と励起子緩和ダイナミクスのモデルを提案して英文論文に纏めた(JPSJ71,(2002),630-643)。また、光伝導スペクトルについて、「フレンケル励起子が熱解離してキャリア生成が起こるが,局在電子状態はこれに関与しない」という簡明なモデルによって説明できることを示した(2002年春の物理学会講演:論文準備中)。このモデルにより光吸収スペクトルの実測結果を用いたシミュレーションを行うと、"異常ピーク"は、温度依存性の振舞いも含めて、その特徴を良く再現することができる。この結果は、励起光が局在吸収帯で部分吸収され、実効的なキャリア生成収量が減少するために、光伝導スペクトルに特徴的な"ディップ"が現れることを検証したものである。すなわち、その低エネルギー側に位置する上記"異常ピーク"は単なる見掛けの構造に過ぎず、そこに特定の準位構造が実在する訳ではない。本研究から、系の最低励起状態は広い温度領域にわたって、フレンケル励起子状態と束縛励起子による局在状態の二種類で矛盾無く理解することが確立出来たことから、光重合機構には後者の三重項準位が深く関与している可能性が一層明確となったと言える。
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