有機合成化学では炭素ラジカル前駆体としてハロゲン化アルキル、とくに臭化物、ヨウ化物が汎用されているが、これらは反応性が高いという長所ゆえに、それ自体求核剤の攻撃を受けやすいなどの欠点を持つ。一方、比較的安定なフェニルセレネニル基、フェニルチオ基を用いると反応性の著しい低下を招く。本研究では、この本質的な問題を解決するため、安定で、しかもヨウ化アルキル等と同等の反応性を有する炭素ラジカル前駆体を新たに設計し、その反応性、選択性を評価することを目指した。本年度は、隣接基関与を有効に活用した新規ラジカル及びアニオン種の発生システムを案出するため、前駆体となる化合物をデザインした。具体的には、ヘテロ原子としてセレン、硫黄を選び、これらと炭素原子との結合の近傍にヨードフェニルあるいはヨードビニル基を導入し、あらかじめそこに発生させた炭素ラジカルの関与により、炭素-ヘテロ原子結合の均一開裂が促され、穏和な条件下望ましい炭素ラジカルを発生させることを見い出した。また、上述のラジカル種の発生システムをアニオンへと応用し、金属-ハロゲン交換によって開始される隣接基関与を活かした新しいアルキル金属種の発生法を案出した。ヘテロ原子としてセレン、テルルを選び、これらと炭素原子との結合の近傍にヨードフェニル基を導入し、あらかじめそこに発生させた炭素アニオンの関与により、炭素-ヘテロ原子結合の不均一開裂が促され、穏和な条件下望ましい炭素アニオン種を発生させることに成功した。本法によるアニオン生成は低温下、非常にすみやかに起こるため、分子内にアミドなどのカルボニル基を有している場合にも適用できることが判った。さらに効率的なアニオン種発生に必須の反応条件を明らかにするため、用いるアルキル金属反応剤、反応溶媒、温度等について詳細に検討した。
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