多様な物性を示す遷移金属化合物の中には遷移金属のまわりが二次元的に平面配位しているものも多い。銅酸化物超伝導体関連物質やd-π相互作用系など分子性配位子を有する遷移金属錯体(ここでは広く「分子性遷移金属化合物」と呼ぶ)がその代表である。特に後者の系は、内殻分光の実験データに乏しく、他の系に比べて研究が非常に遅れている。本研究では三年計画で遷移金属のL殻領域(2p)や配位子に含まれる軽元素の内殻領域で偏光吸収、共鳴光電子放出、共鳴発光の内殻分光実験を多面的に行い、分子性遷移金属化合物の物性研究に内殻分光を応用するための基礎を確立させることを目的としている。 初年度の平成11年度は偏光特性の測定に適した平行な分子配向となっているニッケル化合物(シアン化物系、グリオキシマト塩、mnt塩)の単結晶を作成し、偏光軟X線吸収、共鳴・非共鳴軟X線発光、共鳴・非共鳴軟X線光電子分光の実験を行い、理論解析した。偏光軟X線吸収ではサテライトの強度と偏光特性から配位分子のπ^*軌道とニッケルの3dπ軌道の混成(π逆供与)の割合を実験的に見積もった。ab initio量子化学計算とDFT計算を行い、実験的にπ逆供与の定量的評価ができることを明らかにした。また、共鳴軟X線発光、共鳴軟X線光電子分光では配位分子のπ^*軌道(分子面外、面内)への1電子励起的な挙動を示すことを初めて明らかにした。なお、多電子的な挙動はニッケルの2p電子を3dσ^*空軌道に励起したときにのみ観測される。このようなπ逆供与結合を表す遷移金属3dπ電子の配位分子π^*軌道への電荷移動MLCTの効果は従来のモデルハミトルトニアンの枠内では十分に取り込むことができないものである。
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