研究概要 |
本研究により、和歌山の急性ヒ素中毒患者及び中国内モンゴル地域で発生している慢性ヒ素中毒患者、半導体工場での作業従事者の生検試料について、放射光蛍光X線分析を用いて以下の知見を得た。 (1)急性中毒患者の毛髪の伸長方向の分析を行った結果、ヒ素濃度の急激なピークが毒カレー摂取と呼応して見られた。このピークの半値幅はおよそ3mmであり、体外への排出が10日間前後で行われ、半月以上経過するとヒ素のレベルが通常値に回復することが明らかになった。また、空間分解能5pmのマイクロビームを用いた分析を行ったところ、ヒ素は毛髪外縁部に濃集していることが明らかとなった。この他、生体必須元素である亜鉛は毛髪断面全体に、銅はヒ素と同様に外縁部に分布していることがわかった。 (2)新生児の毛髪について(1)と同様の測定を行ったところ、ヒ素濃度の急激な上昇部が見られた。これは、母体が摂取した通常レベル以上のヒ素が胎児にも移行したことを示すものであると同時に、胎児に移行するという事実を実験的に明らかにした初めてのことである。 (3)GaAs半導体工場の作業従事者の毛髪を一次元分析したところ、As,Gaが一定のレベルで毛髪全体から検出された。これは毎日の作業により常に暴露を受けていることを示すものである。また、(1)で見受けられたZnとの相関は、外部暴露が主体のために見られていない。 (4)慢性中毒患者の皮膚をパンチバイオプシーにより採取し、凍結切片とした。0.08mmステップで蛍光X線分析を行ったところ、ヒ素は表皮と真皮の境界部分の真皮側に蓄積することが明らかとなった。これは、内部代謝されたヒ素が皮膚組織中に蓄積されていることを意味するものである。 (5)(1)及び(3)の毛髪に関してAsK-XANESスペクトルを測定した。工場での作業従事者の場合は、GaAsに一致するピークと3価の有機ヒ素に対応するピークを示した。これに対し、急性中毒の場合には3価の無機ヒ素に近いスペクトルを示した。以上のことから、工場での作業従事者は、外部暴露によって毛髪に付着したAsと呼吸などによりわずかながら吸い込んだヒ素が代謝され、有機ヒ素となったものの2種類のヒ素が毛髪に含まれることがわかった。さらに急は中毒患者については、代謝が行われず、無機ヒ素のまま、毛髪に蓄積していることが明らかとなった。 以上の結果、皮膚、毛髪などの生検試料中のヒ素を組織に対応した形で検出できることがわかった。このような取り組みは本研究により初めてなされたものであり、放射光蛍光X線分析の有用性を示すと共に、ヒ素中毒学上にも極めて有効な手法となることが期待される。
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