今年度は、多くの日本産シダ植物種についてrbcL遺伝子の塩基配列を決定し、それぞれの形態学同一種内にどのくらい変異があるかをおおまかに調べた。その結果、一つの形態学的種の中にrbcLの3-5塩基以上の配列の違いが見出されたミゾシダとナチシケシダ類について、さらに多くの地点(10-30産地)から植物材料を集めてrbcLの塩基配列決定、あるいは増殖したrbcL断片のSSCP解析を行った。そして、rbcLのタイプごとに地理的分布域や形態学的差異、生態学的差異がないかを調べた。さらに、rbcLとは完全に独立な分子情報であるアロザイム多型を用いた解析も行って、異なるrbcLタイプ間で核遺伝子レベルの遺伝的分子が見られるかどうかも調べた。さらにここのrbcLタイプが特定のサイトタイプと対応していないかを明らかにするために体細胞分裂時の染色体を観察した。 ミゾシダについてはrbcLが4-6塩基異なる2群(熱海型と立山型)が見出され、染色体数はすべて2n=72で2倍体であることがわかった。人工交配実験の結果は、F1雑種が容易に形成され、またF1雑種も正常な胞子を形成することが観察された。アロザイム解析の結果も多型の見られた複数の遺伝子座で2群間に特に頻度の違いは見られなかった。したがって、ミゾシダの2群の間では生殖的隔離は発達しておらず、遺伝子流動も起きていることがわかる。しかしながら、熱海周辺のこれら2群が近接して生える場所で詳しい生態及び葉形の調査をしてみると、高度が上がるにつれて熱海型から立山型にきれいに移行すること、rbcL型の移行に対応して葉形も細長い形から三角形の葉形に変わることも観察された。同じ傾向は、日本全国レベルでも観察されている。このことは、ミゾシダの2型の分化が生殖的隔離ではなく、生態的分化に関わる自然選択の分化によって維持されていることを示唆していて興味深い。
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