シダ植物は複雑な花器官を欠くために形態が単純である。にもかかわらず、従来、シダ植物の種は、ほとんど形態学的形質の不連続性のみに基づいて認識されてきた。したがって、一つの形態学的種の中に複数の生物学的実態(隠蔽種)が含まれている可能性が高い。そこで、本研究は、rbcL遺伝子の塩基配列を一次キーとして日本産シダ植物の隠蔽種を見出そうというものである。見出された隠蔽種候補については、さらに細胞学的および生態学的観察に基づく比較や人工交配実験による生殖的隔離の有無なども調べることで、異なる生物学的実態(=別種)かどうかを判定する。このような試みを通じて、分子情報を一次キーにした新しいα-分類(種分類)の方法を確立することが本研究のねらいである。 本研究では、シマオオタニワタリ類、シロヤマシダ類、シケシダ類、ゼンマイ類、ミゾシダ、スジヒトツバ、コブランなどを系統学的に離れた様々なシダ植物群を材料として、rbcL遺伝子の塩基配列の変異を調べ、rbcLが異なるタイプ間で外部形態、染色体数、生育環境などにも分化が見られないか、および人工交配実験化で交配可能かどうかを調べてきた。そして、多くの例でこれらの間には密接な関係があることを明らかにできた。すなわち、rbcL遺伝子の塩基配列が大きく異なる形態種内タイプ間では、交配しても雑種さえ形成されず、生育環境など生態学的地位も明瞭に分化した別の生物学的種として自然界に存在することが多いことを明らかにすることができた。得られたデータを総合して、シダ植物においてはrbcL遺伝子の塩基配列変異に着目すると、形態では明確な不連続性は認められなくても、互いに生殖的隔離があって遺伝的にも分化しており、生態学的にも分化が見られる離散群(=生物学的種)を効率よく探索できると結論した。
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