枯草菌は土壌に棲息する細菌で、栄養源の枯渇、乾燥、極度の温度変化など過酷なストレスに直面するが、それぞれに適応するための対抗手段を持っている。栄養の枯渇という例をあげれば、プロテアーゼ、炭水化物分解酵素などを分泌し、菌体外に存在する高分子タンパク質や高分子炭水化物を分解・吸収して細胞の栄養としている。枯草菌において、この感知の役目を担う機構の一つがいわゆる二成分制御系によるシグナル伝達系と考えられる。 筆者らは枯草菌二成分制御系の一つDegS-DegUを経由するシグナル伝達機能について、それが支配する菌体外プロテアーゼ生産遺伝子の制御機構の解明を通して、長年研究を行ってきた。通常、細菌が示す細胞内諸反応の解明には、遺伝学的アプローチが常套手段であろう。しかしながら、DegS-DegU系には遺伝学的アプローチはすでに多くの試みがなされ、同じ方法を用いても新しい知見が得られる可能性が低いと考えられた。従って、別なアプローチとして、種々の薬剤の中に同シグナル伝達に影響を及ぼす物質の検索を試みた。その結果、リンコマイシン、エリスロマイシンなどのリボソームに作用してタンパク合成を阻害する抗生物質が、DegS-DegUの支配下にある菌体外プロテアーゼ遺伝子aprEの発現を阻害することを発見した。さらに、これらの抗生物質を手段として、どのような細胞成分がDegS-DegUを経由するシグナル伝達に関与しているのかを明らかにすることを試みた。その結果、aprE発現にはstringent controlが関与すること、リンコマイシンはstringent factorによるppGppの成分を阻害することによってaprEの発現を制御することを明らかになった。また、マイクロアレー技術を取り入れ、種々の二成分制御系を調べた結果、それらにはネットワークが存在することなど多くの知見が得られた。
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