研究概要 |
1.日本各地から蒐集したブナ(Fagus crenata)とイヌブナ(F.japonica)から抽出した全DNAを3種の制限酵素(BamHI,EcoRI,HindIII)で完全分解し、5種のミトコンドリア遺伝子(coxI,coxII,atpA,atp6およびatp9)をプローブに用いてRFLP分析を行った。ハイブリダイゼーションパターンに多型が認められ、そのデータに基づけば、ブナのミトコンドリアゲノム型は9種のhaplotypeに分類できる。 2.RFLPデータを使って分子系統樹を試作した。日本産ブナおよびイヌブナのミトコンドリアゲノムは3種の基本グループ(clade)に群別し得ることがわかった。 3.北海道、東北から中国地方にかけて分布するブナと、四国や九州太平洋岸のブナは互いに分子構造の著しく異なるミトコンドリアゲノムを有しており、それぞれ独自の系譜を辿って分化した可能性が高い。 4.ブナと同じミトコンドリアゲノム型を有するイヌブナ個体が確認され、イヌブナとブナとの間の浸透交雑の可能性が示唆された。 5.タイワンブナ(F.hayatae)15個体の新展葉サンプルより全DNAを抽出し、ミトコンドリアDNAのRFLP分析を試みた。その結果、タイワンブナのミトコンドリアDNAの構造は日本の西南部に分布するブナのミトコンドリアDNA構造と酷似する事が判明した。第3紀最新世(鮮新期)にはF.crenataとF.hayataeの祖先種が日本列島南部で同所的に分布していたことが推定されている。今回明らかとなったミトコンドリアゲノムの類似性がこれら2種間の交雑に起因するのか、あるいはこれら2種が一つの母系を共有することによるのかというテーマは今後の興味深い研究課題である。
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