正常圧水頭症(NPH)は、脳内に過剰に貯留した髄液を腹腔などへ流すシャント手術を施行することで、痴呆、歩行障害、尿失禁の症状を改善するため、治療可能な痴呆の一つとして有名であるが、脳梗塞後の脳萎縮による脳室拡大と、高齢者に発症する原因不明の特発性NPHとを区別することは、実際的には極めて困難である。我々は「脳梗塞後の脳萎縮にはNPH病態が合併し、シャント術による髄液排除が症状改善に程度の差はあるが効果的である」という仮説をたて、この仮説を検証するために、砂ネズミ15分間前脳虚血後モデルを使用した。高次機能検査として何を用いるか、幾つかの行動薬理学的検査を検討した結果、ラットで施行されている、Y字迷路で縦縞ゴール(正解)と横縞ゴール(誤り)を識別する検査が、砂ネズミでも施行可能であることが判明した。正常砂ネズミは1週間から10日間で識別訓練が可能であり、スタートから正解ゴールまで約1.8秒で到達するようになった。この訓練した砂ネズミに15分間前脳虚血を加えると、一ヶ月後の時点で、虚血侵襲に生き残った動物のうち約3分の1が、スタートから正解ゴールに辿り着くまで平均4.6秒と、有意に遅延した。これらの識別遅延を来す砂ネズミ(n=5)に対して、後頸部を切開し大槽から髄液が皮下に一過性に流出させる手術を行うと、翌日、平均2.0秒に短縮し、この効果は3日間持続し、4日目と5日目は術前と同じ識別遅延の状態に戻り、この時点では手術部位の癒着のため髄液の皮下への流出が止まるためと推察された。sham手術群(n=7)では術後の5日間、術前と全く変化しなかった。以上の結果は、脳虚血侵襲1ヶ月後の高次機能障害の一部は可逆的で、NPH病態が合併していることを示唆しており、今後、髄液排除による脳の機能改善の機序を検討するうえで有用な実験モデルを確立したと考える。
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