生体現象のカオスに代表される「複雑性」が生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。心拍変動(HRV)は心電図を信号源にしており非侵襲的に解析でき、侵襲に対して生体の恒常性を保とうとする調節能のダイナミクスが反映されているバイオシグナルである。心拍変動1/fの時系列にフラクタル性あるいは複雑性が存在し、日内変動が存在することが知られている。大血管手術では大動脈遮断がおこなわれるためにshockを伴うような強い周術期ストレスが存在することが知られている。大血管手術を受ける患者は高齢者が多いために、周術期の循環調節能障害が術中・術後管理に対して大きな影響を与える。大動脈遮断等による虚血後再潅流障害にischemic preconditioning効果がATP感受性Kチャネル開口薬により持続し有用であることが報告されている。本年度はATP感受性Kチヤネル開口薬ニコランジル投与時の腹部大血管手術後患者のダイナミカルな恒常性維持能の回復過程を心拍変動1/f日内変動解析により検討し以下の結果を得た。 (1)心拍変動周波数成分は手術直後より減少し、以後1週間にわたって回復しなかった。これより、循環の神経性調節能低下が術後1週間以上続くことが推察された。 (2)1/f slopeは術直後より3日間術前より昼も夜も緩やかになった。これは、周波数領域0.0001-0.01Hz(100秒-10000秒)に関連する動的恒常性維持機能低下がおこり、術後数日間で回復することが示唆された。 (3)PD2が変化しなかったことは、心拍変動を制御するSystemのComplexity(動的恒常性維持能)が大血管手術患者では術後早期に回復していることを示している。 (4)今回の結果より、周術期の侵襲と神経系反応を検討する上で、HRV profileによる線形・非線形HRVパラメータの日内変動を含めた時間経過を総合的に評価する必要性が示唆された。 (5)ニコランジル投与により周術期ストレスを制御し、生体機能を有利に維持できる可能性がある。
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