医薬品等の機能性有機化合物の基本骨格を形成する炭素-炭素結合形成反応は有機合成化学反応の中でも最も重要な反応であり、Wittig型の反応は広く利用されてきた。中心不斉を直接的に構築しないこの型の反応をエナンチオ選択的反応へ応用するには3つのアプローチがある。エナンチオトピックもしくはジアステレオトピックなカルボニルやそのπ-面の区別、とラセミ体の速度論的分割である。特に後者の反応は応用範囲が広く、動的な分割が可能ならばその開発は大きな意義と利用価値を持つものと期待される。本研究においては、従来までの関連研究で不斉誘起子として有効性が確立されている光学活性BINOLを不斉補助基として有するフォスホネート試薬(HWE試薬)を用いて各種ラセミ体のカルボニル基質の速度論的分割を検討した。その結果、まず反応条件の確立の検討によりある場合にはジエチル亜鉛が塩基として有効であることを初めて明らかとした。さらに、試薬の構造と選択性との関連、並びに反応機構の解析による立体化学の予測に必要な考察を行った。単純なシクロアルカノンの場合期待された選択性と化学収率は得られなかったが、金属錯体のジアルデヒド体を基質とした場合、光学活性HWE試薬による速度論的分割が効果的に進行し、満足のいく化学収率と高い光学収率で生成体のオレフィン化体を与えたのみならず、回収原料のアルデヒド体の光学純度も高いものであった。更に基質としてアミノ酸誘導体であるアルファアミノアルデヒド体を用いて検討した場合一部の基質に関して、その速度論的分割に成功した。この結果は興味が持たれる非天然型の異常アミノ酸の効率的合成に道を開くものでありその意義は大きい。最後に、キラル医薬品の代表的化合物のひとつであるナプロキセンの不斉合成への利用につき調べ、不斉オレフィン化の速度論的分割に基づく光学活性ナプロキセンの合成に成功した。当初の目的の動的速度論的分割は今後の検討課題として残ったが、ラセミ体から誘導された各種光学活性化合物は有用なキラル合成素子としての利用が期待される。
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