出芽ホヤは著しい組織新生能力をもっている。興味深いことに、これを実行しているのは未分化幹細胞ではなく、分化した体細胞である。出芽や再生が始まると、分化した体細胞(ミサキマメイタボヤの場合は囲鰓腔上皮)が一斉に脱分化と細胞分裂を行い、幹細胞様の形態をとる。脱分化あるいは分化転換を伴う形態形成は出芽ホヤに限らず、刺胞動物や環形動物でも知られている。脊椎動物の幹細胞システムに対して、これを萌芽的幹細胞システムと呼ぶ。本研究は萌芽的幹細胞システムの包括的理解を遠望しながら、ホヤ多能性細胞の脱分化を駆動する因子群とその機能を解明することを目指した。 第一に、原索動物ホヤの出芽期特異的cDNAライブラリーから無性生殖を調節する遺伝子群をサブトラクション、ディファレンシャルディスプレイ、EST解析の手法を用いて探索した。第二に、得られた遺伝子の発現部位と時期を明らかにするためにin situ hybridizationを行った。また、抗体を調製し、免疫組織化学を行った。第三に、遺伝子機能を解析するために、リコンビナントタンパク質、並びに変異導入タンパク質を調製し、ホヤ培養細胞を用いてバイオアッセイを行った。 本研究は8種類のホヤ遺伝子[レチノイドX受容体(RXR)、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)、セリンプロテアーゼ(TRAMP)、セリンプロテアーゼインヒビター(SERPIN)、レクチン(TC14)、逆転写酵素(RTase)、チトクロームb5、ミトコンドリア16SリボソームRNA]が無性生殖特異的に発現することを明らかにした。芽体表皮が傷つくことが再生的形態形成の引き金となるが、この時ALDH遺伝子が発動し、レチノイン酸が合成される。レチノイン酸はRXR/RARを介してTRAMPを誘導する。TRAMPはSERPINと共に細胞の脱分化させる。TC14はこれらの脱分化因子と拮抗する。チトクロームb5は脂肪酸の生合成を促し、遊離リン脂質は細胞増殖因子として働く。逆転写酵素はショウジョウバエのレトロポゾンgypsyに似ており、出芽特異的に多能性細胞で発現することから、細胞の若返りに機能していると予想される。リボソームRNAは脱分化細胞で強く発現するが、その機能については現在のところ不明である。以上述べたように、本研究はホヤの萌芽的幹細胞システムの概要を捉えることが出来た。
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