研究概要 |
近年,分子生物学的手法の進歩から数々の遺伝子疾患に対し遺伝子治療が導入されつつある.癌の本態が遺伝子の変化によって起こることが明らかにされるにつれ,癌抑制遺伝子を用いた遺伝子治療が,癌治療において今後急速に広がることが予測される。これらの最近の癌治療の進歩を鑑みて,口腔癌治療においても癌抑制遺伝子を用いた遺伝子治療が必要になると考えられる。本研究では,米国ハーバード大学歯学部のWongらのグループが,ハムスター,マウス,ヒトからクローニングした口腔癌抑制遺伝子doc-1に着目し,その臨床的有用性の検討を行った.我々はdoc-1遺伝子を組み込んだ発現ベクターを構築し,Wongのグループが最初に用いたハムスター頬粘膜癌細胞株HCPC-1に遺伝子導入した.得られた細胞をヌードマウスの皮下に移植したところ,彼らのグループのin vitroの報告(FASEB9,95)と逆の結果,すなわちdoc-1遺伝子を組み込んだ細胞株では対照群と比較して,むしろ移植皮下腫瘍は増殖傾向を認め,さらに腫瘍塊の周辺の皮膚にスキップ転移した.また,数種のヒトロ腔扁平上皮癌細胞株の蛋白発現をウエスタンブロット法でスクリーニングしたところ,subconfluentの状態では,ほとんどの細胞株でDoc-1蛋白の発現を認めた.この結果はdoc-1が真に口腔癌の抑御遺伝子として働いているかどうかの重要なポイントである.そこで極めて組織への導入効率が高い,HIVウィルスの感染性をコードしたTAT蛋白遺伝子に,このヒトdoc-1遺伝子を組み込んだTAT-doc-1遺伝子を構築し,大腸菌に導入し大量培養を行い,TAT-doc-1 fusionタンパクを精製した.このfusion蛋白をDoc-1の発現が認められ無かったヒトロ腔扁平上皮癌細胞株HSC-3をヌードマウスに移植した腫瘍に直接注入し,抗腫瘍活性を検討したが,癌の増殖を抑制しなかった. この結果から,doc-1が口腔癌抑制遺伝子の役割は不明にせよ,少なくとも治療を対象とした標的遺伝子になる可能性は低いことが示唆された.
|