触媒機能を持つRNA分子の発見以降、RNAはDNAからタンパク質への遺伝情報発現の媒体として機能するだけでなく、より積極的な機能を持つ分子として注目されるようになった。我々はタンパク質とRNAが互いの構造をまねる「分子擬態」という概念を提示した。このことは新たな生理活性を持つRNA分子を創造でき、それを医薬品としても応用できる可能性を示している。ランダムなRNAプールから、ある標的タンパク質と高いアフィニティーを有するRNA分子(RNAアプタマー)を濃縮する試験管内人工進化法(SELEX)を用いることにより、標的タンパク質の機能を促進・阻害するRNA分子を分離できる。近年、翻訳調節の異常が癌化につながり、また癌細胞において翻訳開始因子(eIF)の発現異常が見られるという知見が得られており、今後このような翻訳異常による疾病に対する医療対策は重要性を増してくると考える。 本研究において、我々は種々のeIFに対してシステマティックにSELEXを行い、特異的に結合するRNAアプタマーを取得しカタログ化の基礎研究を行った。このうち、in vitroで翻訳阻害活性を有するアプタマーは、培養細胞レベル、個体レベルで癌抑制の作用が確認できれば新規の癌治療薬となる可能性がある。RNAアプタマーは標的物質と特異的に結合するという抗体の特徴を持っているので、「RNA抗体」として使用できる可能性がある。eIF4A1に対するアプタマーの中には解離定数〜3nMという、一般的な抗原と抗体の結合力に勝る強力な結合能を持つものもある。これらeIF4A1に対するアプタマーはATPase活性を阻害し試験管内反応で翻訳昂進を抑制できることも明らかになった。さらに、NMR解析法によりアプタマーRNA構造の一部が明らかになり、興味あるRNA構造モチーフも明らかになりつつある。今後、in vitro translationに対する影響を詳しく調べると伴に、培養細胞に投与もしくは発現させてその影響を調べる予定である。同時に、30種類以上ある翻訳開始に関わる因子のできるだけ多くに対してアプタマーの作成を継続する。これら相互作用を持つRNA分子については生化学的解析を行った後、培養細胞レベル、個体レベルで生理作用があるかどうかを検討し、医薬品への応用に可能性を探りたい。
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