MAPキナーゼが生存促進に働くか否かを小脳顆粒細胞の初代培養系を用いて検討した結果、BDNF(脳由来神経栄養因子)による生存促進に必要であることが明らかになった。BDNFはMAPキナーゼ経路以外にもPI3キナーゼ経路も活性化するがPI3キナーゼ経路も生存促進に必須であることがわかった。PI3キナーゼ-Akt経路は、上記小脳顆粒細胞以外にも広く細胞生存促進シグナルとして機能することが示されてきている。しかしながらAktがいかなるメカニズムで生存を促進するかについては、幾つかAktの基質は報告されているものの全貌は未だ明らかではない。本研究では、Aktが新たに核内受容体型転写因子Nur77をターゲットとすることを見いだした。また我々のグループは以前に、Aktがcytochrome cによるカスペースカスケードの活性化を抑制することを見いだしている。本研究においてAktがカスペース9の2つの部位を特異的にリン酸化し、カスペース9のApaf-1への結合能を抑制していることをはじめて示した。この結果は、Aktがミトコンドリアから下流のアポトーシスシグナルを抑制する分子機構を説明するものである。新たにリン酸化部位が同定されたことから、このリン酸化に相当する阻害機構が、カスペース9のApaf-1へのリクルート・活性化を抑制することが考えられ、アポトーシスの重要なステップの阻害法を考える上で有用な情報が得られたと考えている。今後はこの抑制を模倣する方法を模索する方向で研究を進めたい。本研究ではさらに、MST1-JNK経路が、カスペースの活性化およびカスペースの下流での核凝集・膜変化に関与することが示唆された。このことから更に、MST1-JNKは、カスペース非依存的細胞死経路にも関与することが予想される。実際様々な神経変性疾患のモデル系で、カスペース非依存的細胞死が起こっていることが報告されており、またこの場合多くの系でJNK経路の活性化は起きている。従って、JNKの新しい機能を調べていくことは、これらの系での細胞死を抑制する方法を開発するにあたって手がかりを与えることになると考える。実際我々は今回の結果から、JNKがカスペース非依存的に核凝縮を引き起こすことを示したので、この結果をもとにJNKの核凝縮におけるターゲットの検索を始めている。この研究は、将来的に神経変性疾患などで見られる細胞死の抑制法につながることを期待している。
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