初年度の研究計画に従い、ポスト・ホロコーストの記憶論、証言論の最重要モデルとなっているランズマンの『ショアー』の精神分析的解釈の検討を行なった。具体的には、『ショアー』におけるユダヤ人生存者の証言を、トラウマの行動化(アクティング・アウト)にとどまっており、徹底操作(ワーキング・スルー)にまで至っていないとして批判するドミニク・ラカプラの議論の妥当性を、トレブリンカ絶滅収容所の生存者アブラハム・ボンバの証言の解釈を中心に検討した。その結果、たしかにボンバの証言中の沈黙の場面のみを特化してみると、主体が過去を行き直し再トラウマ化を破る行動化に終わっているように見えるが、フロイト本来の「徹底操作」には「抵抗」克服という契機が不可欠であること、反復強迫の権利の承認が前提であること等を考慮すれば、問題の場面は一連の徹底操作のプロセスとして解釈されうるという結論を得た。この研究は、「トラウマと歴史-アブラハム・ボンバの沈黙について」という論文として、『越境する知』第一巻「知の語り」(東京大学出版会)所収の形で刊行予定である。 なお今年度中に、フランスに一週間程度出張し、ホロコーストのトラウマをめぐる研究会に出席し、ポスト・ホロコーストの「記憶の義務」をめぐりフランスで生じている論争についての情報収集、論争当事者との情報交換を行なう予定である(2000年3月12日より3月19日まで)。
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