4年計画の初年度の今年度は、課題の中心をなすスピノザの『神、人間とそのさいわいについての短論文』(以下『短論文』と略)について、次のような研究を行なった。 1.この作品は文献学上難しい問題を多く含むことから、オランダ語テクストの諸版(写本に基づく)の読み方の校合を、諸国語訳も参照しながら行ない、従来つけられてきた文献学的・哲学解釈上の注解、注釈を検討・整理する基礎的読解作業を進めた。 2.伝承されている歴史事実をもとにして、『短論文』に伴う特殊な歴史的事情の研究に着手した。(1)『短論文』は当初スピノザの周辺ではどのような作品として受けとめられていたのか。(2)他の諸作品と違って、なぜ『短論文』は印刷されて出版されなかったのか。この二点を主に、初期形態である『短論文』と、完成形態である『エチカ』との関係について、人々が抱いてきた了解を歴史的に検証し、考察した。さらにそこから、『短論文』についての知見が、その写本発見にいたるまでに、完全に消失していた経緯も検証した。この考察の一部は、別掲の論稿で扱われて示された。 今後の研究の展開の計画としては、次のように考えている。 上の2をもとに歴史的研究を掘り下げて、『短論文』の成立時期、著述形態(スピノザ自身が書いたのか、口述か)、使われた言葉はラテン語かオランダ語か、について一定の知見に到達することがめざされる。 1によっては、『短論文』の研究史の綜括と諸解釈の批判的整理を踏まえて、内容の分析的読解と哲学的研究を進める。具体的には、『短論文』のオランダ語の哲学術語の特質を検討しながら、『エチカ』との相違関係に的を絞って、『短論文』での諸問題の論じられ方の特徴を明らかにしていかなければならない。
|