4年計画の2年国になる今年度は、課題の中心であるスピノザの『神、人間とそのさいわいについての短論文』(以下『短論文』と略)について、次のような研究を行なった。 1.昨年度から継続して、オランダ語テクストの諸版(写本に基づく)の読み方の校合を、諸国語訳も参照しながら行ない、従来つけられてきた文献学的・哲学解釈上の注解、注釈を検討・整理する基礎的読解作業を進めた。 2.伝承されている歴史事実をもとにして、『短論文』にまつわる特殊な歴史的事情の研究を継続して進めた。昨年度の研究成果を踏まえて、今年度は、(1)『短論文』はもともと何語だったのか、(2)もともと口述だったのか否か、(3)その成立の事情と時期、という三つの重要な問題について、研究史上の主要な諸説を検討し、その綜括的整理を試みた。その考察の一部は、別掲の論稿で扱われて示されたほか、それに先立って、スピノザ協会の年度総会の講課でも明らかにされた。 3.外国旅費を使ってオランダに出張し、次の点で成果を得た。(1)王立図書館に所蔵されている『短論文』の二つの原典写本を閲覧し、比較考察するとともに、刊本テクストの読解作業の過程で生じた疑問点の解決につとめた。(2)ロッテルダムのエラスムス大学に運かれているスピノザ研究センターで、『短論文』の哲学的内容についてこれまでに得た知見に基づいて研究発表を行ない、当地のスピノザ研究者から論評を得た。またこの研究課題全体についても担当教授から意見を得た。 今後の研究の展開に関して特記すべきこととして、上記3の(1)によリ、二つの写本のマイフロフィルムの入手の見込みが得られたことで、両写本の解続と比較研究を通して、文献学的研究の進展が期待できる。
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