3年目であり、二つの方向で研究を発展させた。1.医学史に基づく1800年前後の「レシュラウプとフーフェラント」の論争の研究。2.引き続き「シェリングとエッシェンマイヤーの関係」に関する研究。 1に関しては、前年度に集中的に資料を集めたので、今年度はフーフェラントの雑誌を集めるとともに、日本人の研究者の方とも連絡を取り、資料を提供していただくなどの成果があった。特に日本人研究者の方々には、「フーフェラント」の生涯から、フーフェラントそのものにかんする資料を提供していただくとともに、レクチャーを受け議論を通じて示唆を受けた。この過程でレシュラウプに関しては資料の整理を行い、フーフェラントとの対立点をレジェラウプの側から整理を行った。レシュラウブの雑誌に掲載された本人の「ブラウン説」関係論文を系統的に分析し、彼の文献目録を作成した。この成果の一端は研究ノートとして最終報告書に掲載する予定である。 他方2に関しては、引き続き論文を作成すると同時に、このテーマに関しては、もう一度問題を立て直し、エシシェンマイヤーの文献の整理を行うと同時に、シェリングとエッシェンマイヤーの関係では、1806年までで大きなまとめができることを確認した。これは両者の関係は往復書簡によるから分析できる(前年度までの研究)。と言うのも、先の2回の論争は自然哲学およびその哲学原理をめぐって行われており、両者の関係はシェリング自然哲学の展開にとって重要な位置を占めるが、第3回目の論争はむしろ、後景に退き、ヤコービとの論争、スピノザ主義の評価、ベーメとの関係などが大きくなり、別な形での分析が必要であるからである。
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