研究概要 |
中期大乗仏教の主要経典の一つとされる『大乗涅槃経』Mahaparinivanasutraは、その形成過程において大きく三層に分かれことを、かつて筆者は明かした(下田正弘著『涅槃経の研究-大乗経典の研究方法試論』春秋社1997)が、今年度の研究を通して、第二層は、第一層に対する、第三層は第二層に対する、それぞれ先行する部分への「註釈書」としての役割を果たしていることが明らかとなった。しかも注目すべきことに、その註釈方法を表す術後が、パーリ註釈文献に見られるものと見事な一致を見せている。すなわち大乗涅槃経は第二層の冒頭で経典の敷衍形態を^*atmadhyasaya,^*paradhyasaya,^*prcchavasika,^*arthotpattikaに分類するが、これは現在確認されるところでは唯一アッタカターのみに確認される attajjhasaya,parajjhasaya,pucchavasika,atthuppattikaという術後にそのまま一致するのである。以後、第二層の内容はこの方法によって展開される。 この事実は、従来、経典の編纂法において互いに無関係と見られていた大乗経典と伝統仏教のパーリ文献とが緊密な関係をもって製作されていることを物語るものであり、しかも同時に大乗経典の展開形態が、一定の方法によってなされていることを示唆するきわめて貴重な例である。この唯一の事例をもってしても、これまでの聖典分類の範疇である「大乗、小乗」という区別、さらには「経、律、論」の区別を再度問題にして、問い直されねばならないことは間違いない。すくなくとも今後、大乗経典制作の解明においてパーリ註釈文献を参考にするのは必須のこととなるだろう。
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