研究概要 |
本研究は,インド言語哲学の泰斗バルトリハリ(5世紀頃)の主著『ヴァーキャパディーヤ』「<行為実現能力>の章」(『サーダナ・サムッデーシャ』)に基づき,バルトリハリの<能力>による「意味の世界」の体系化をたどり,その<能力>に関わる諸問題を,パーニニ文法学の伝統という彼の思想体系化の原点から正当に解明することを目的とする. 本年度は,『サーダナ・サムッデーシャ』の<行為実現者>一般論部(第1詩節〜第44詩節)及『ディシュ・サムッデーシャ』(第23詩節〜第28詩節)の翻訳研究を行った.以下の事項が明らかとなった. 1.バルトリハリにおいて,<能成者>は文意から<能力>の抽象を通じて措定されるものであり,それは<能力>である.そして<能成者>が<能力>であるという見解は,彼の創見になるものではなく,パーニニ文法学の伝統において確立されているものなのである.バルトリハリは,<能力論>の導入によって,パタンジャリにおいて<属性>とみなされたものを<能力>に同定し,彼の<能成者論>を展開しているということができよう. 2.<実体>は<自己同一性>を保つものである.<実体>が<能成者>である限り,同一の<実体>に関する多様な<能成者>の表現は正当化されえない.同一の<実体>に関する多様な<能成者>の表現は,<実体>に多様な<能力>が想定されることによって確保される. 3.この<能成者>論の背景には,現象世界の多様性を<能力>の想定によって説明しようとする彼の形而上学がある.彼によれば,この現象世界は,唯一の実在ブラフマンの<無明>の<能力>に基づく仮現であり,そしてこの現象世界の多様性を説明するものも,このブラフマンに<無明>の<能力>によって帰せしめられるところの作業仮説としての多様な<能力>である. 今後は,<目的>といった各<行為実現者>の検討に入る.
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