本研究は、人と人との〈間〉に働く多様な〈力〉をコミュニケーションの諸相として再構成し、人間の複雑かつ多層な〈関係性〉を読み解くことを目指して開始した。K.-O.アーペル、J.ハーバーマス、R.アレクシーらによって展開されている「討議理論」を手がかりにコミュニケーションの理論的射程を見定めた上で、現代社会が直面する実践的課題に取り組む作業がその骨格をなす。以下、三点に分けて研究成果をまとめる。 1.「実践的討議」を中心とするコミュニケーションの規範理論としての体系的研究…価値の多元化が進む現代社会において規範をめぐる対立抗争状況が深刻化する中で、実践的討議を軸に、合理的に正当化可能な解決方向を探る。そこでは、規範の拘束力がつねにその「正当性」を根拠づける「手続き」によって支えられていること、そのような構造を基底としている点で法と道徳は必然的な関連を有することを明らかにした。 2.利害調整、ルール策定、政策形成に関わる意思決定プロセスとしてのコミュニケーションについての実践哲学的研究…規範的問いと価値評価的問いが交差する〈政治〉という領域において、個人の自由・権利・義務・責任、あるいは集団の意思決定メカニズムとしての権力・民主主義といった多様な形態に即してコミュニケーションを分析する。そして、リベラリズムの立場とその批判者たちの主張を吟味しつつ、「協議デモクラシー」による「公共的自律」という実践哲学の新たな方向性を提示した。 3.社会的文脈に定位する倫理学的思考とその実践的課題への具体的取り組み…規範的拘束性の問題を技術的水準に一元化する思考と実質的な価値をその根拠とする思考とは異なる、討議と協議を柱とする正当化志向型規範思考の基本構造を整理した上で、「生命操作」という未来医療の課題に即してその有効性を検証した。
|