人と人との<間>には多様な<力>が働いている。法・道徳、慣習・伝統として人間の意識や行動を拘束する力、支配-被支配関係の中で服従を強制する力、価値体系や理念、あるいは経済的効用として人を引き寄せる力、組織や集団の内/外で行使される排除する力、-これら様々な<力>が人々の日常実践を形づくっている。本研究は、そうした<力>の強度や方向、源泉や妥当性なども考慮しながら、それを「コミュニケーションの力学」として再構成し、人間の複雑かつ多層な<関係性>を読み解く試みである。まず始めに理論としての有効性と射程を見定め、その上で実践哲学としての可能性を探るという手順を踏むことにした。以下、その研究成果を三点にまとめる。 1.規範理論としてのコミュニケーションに関する体系的研究…様々な価値が対立し競合する現代社会にあって、何らかの範的な決定を下す際に必要なのは、実践的討議という反省的レヴェルのコミュニケーションにおいて、判断ないし決定が合理的に正当化可能かどうかを検証する「手続き」を遂行することであることを解明した。 2.意思決定プロセスとしてのコミュニケーションに関する実践哲学的研究…利害調整、ルール策定、政策形成などの場面で働く多様なコミュニケーションを分類整理した上で、「協議デモクラシー」や「公共的自律」という新しい意思決定の原理の可能性を追究した。 3.具体的な実践的課題への取り組み…討議および協議を柱とする正当化志向型規範思考と、社会的文脈に定位する倫理学的思考の有効性を、生命操作という未来医療の課題に即して検証した。問題を技術主義的に一元化する立場、生命価値の実体化に依拠する立場、この何れとも異なる問題解決の方向性を示すことができた。
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