本研究は、19世紀後半以降の、とりわけ20世紀初頭のドイツ・アカデミズムにおける知と人格との分裂とその再統合の過程を究明するものである。 19世紀後半以降、ドイツ・アカデミズムのメインストリームは、(1)ドイツ観念論の体制化、(2)実証主義的科学の興隆、(3)新カント派の社会理想主義によるドイツ観念論の復興、そして第一次世界大戦を前にして(4)体制翼賛的な諸科学の成立、と展開してゆく。こうした現象の背後に通底しているものは、(1)フンボルト大学創設以来のアカデミズムにたいする国家管理の浸透、(2)科学自体の合理化・専門化、そして(3)人格に埋め込まれていた知の非人格化・商品化である。そして、20世紀の初頭には、知と人格との和解をめぐってさまざまな試みがなされる。こうした問題を、本年度の研究においては、とくにエルンスト・トレルチ、ヘルマン・コーエン、パウル・ナトルプ、エルンスト・クリークを取り上げて研究した。神学者トレルチは、国家を越える価値をなお自覚しており、個人倫理としてのキリスト教倫理を基礎として社会哲学を構築する。新カント派のコーエンは、観念論と社会主義を結びつけたが、後にユダヤ教神学校の教師に転じ、私的世界に逃避した。コーエンと同じく新カント派のナトルプは、社会理想主義から国家主義に転じる。一世代遅れてきたクリークにとっては、人格はもはや国家と矛盾するものではなく、知の営みも国家理念および現実の国家に規定されると考えた。
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