研究代表者は、平成12年度前期に国際交流基金から北京日本学研究センターに派遣された。このため、本研究を遂行するために、きわめて有利な環境に恵まれ、前期は中華人民共和国における資料収集、図書購入、中国人研究者との意見交流を行った。主として意見交流を行った研究者は、北京日本学研究センター、北京大学、中国社会科学院、天津南開大学に所属する中国人研究者である。なお、中国における資料収集、図書購入や研究交流には、本科学研究費補助金は用いられていない。 7月に帰国後は、こうした中国での研究に基づき、日本において資料・図書の整理・分析を行うと共に、研究代表者が主催する華夷思想研究会や、関西における思想史研究の代表的研究会である思想史・文化理論研究会で報告を行った。9月には、カナダ、モントリオールで開催されたアジア・北アフリカ研究会議(ICANAS)において国民国家論との関連での本研究に関する報告を英語で行った。この報告は、京都大学、京都産業大学やシンガポール大学の研究者と共同で行った。10月以降は、引き続き立命館大学において華夷思想研究会を継続し、知見の拡大と関西在住、東京・米沢在住の研究者との意見交換に努め、また東京等での史料調査も実施した。 こうした研究の上で、本年度は、徳川時代の中国観について、それがアヘン戦争前後にどのように変化するのか、また幕末にかけての知識人・志士等の中国見聞が、どのような中国観の変化をもたらすのかについて、一定の結論を得ることができた。簡単にまとめるならば、従来はアヘン戦争で決定的に変化するといわれる中国観は、未だ華夷思想の範疇で捉えられるもので、むしろ1850年代以降の直接的見聞によってその解体が促進されるのではないか、ということである。それがどのような情報網、あるいはネットワークを通じて幕末維新期の中国観・アジア観を構成していくのかについては、今後の研究課題である。以上については、適時小文を発表してきたが、来年度において学術雑誌に掲載する予定にしている。
|