近代演技論は一般にスタニスラフスキイの演技論から大きく転回したと思われる。それ以前の様式的な演技から、劇人物に即した感情を表現する生きる演技へ転換したのである。それは単に外見的に模倣するような演技ではなく、劇人物の感情を生きる(ペレジバーニエ)する演技であった。このスタニスラフスキイの演技論は、リアリズム系演技に根本的な影響を与えることになり、20世紀演技の基本となった。とりわけ英米語圏の演技に与えた影響は大きく、スタニスラフスキイの弟子たちが亡命した先でスタニスラフスキイの演技論を伝授し、実践した。しかし、英米語圏に与えた影響は、スタニスラフスキイの初期の考察や実践であり、後期スタニスラフスキイの演技論は本国ソ連において展開されることになった。初期スタニスラフスキイは、基本的に俳優の感情に重点を置く心理的な演技に傾斜していた。一方で後期になるとスタニスラフスキイは、感情が演技を阻害することもあることを認め、身体的行動こそが感情を喚起すると考えていく。アメリカにおいて展開されたいわゆる「メソッド演技」は、このスタニスラフスキイの初期の考察に重点を置くものであり、ボレスラフスキイによって伝授されて、クラーマンやストラスバーグに受け継がれるものである。一方、ソ連において展開されたのは身体的行動に力点を置くものであり、革命前後のアヴァンギャルド演劇の演技において実践された反射学に基づくものであった。しかし伴にスタニスラフスキイの演技論の側面のみを強調しているために、トータルにスタニスラフスキイの構想を把握し直す必要があると考えられる。20世紀の演技論を全般的に眺めるときに、大きくこの2つの流れがある事を認めた上で、次年度以降の研究において、この両者の理解を照らし合わせ、英米語圏その他の地域への伝播と実践を視野に入れつつ、今世紀演技論の形成過程を検討していきたい。
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