昨年はスタニスラフスキイの演技論を中心に近現代演技論の大枠を調査、研究してきたが、第二年度にあたる本年度は、いわゆるリアリズム系の演技論ではなく、非リアリズム系の演技論を中心に調査、研究をした。とりあえず、スタニスラフスキイの同時代のロシア人演出家メイエルホリドの演技論を軸に調査、研究をしている。メイエルホリドの演技論は、スタニスラフスキイ流の心理的な演技とは異なる構造を持っている。スタニスラフスキイの演技論が役柄の心理に俳優自身の心理を重ね合わせていくことでわざとらしくない自然な演技を生み出すとすれば、メイエルホリド流の演技は身体的な運動こそが感情を生み出すとする言わば着想が逆転している。メイエルホリドは心理的な動機づけによる演技が描写しうる範囲には限界があるとし、古来の演技様式の摂取吸収に努めた。そこでは形式的な演技の再生を呼んだのだが、メイエルホリドはその過程で、感情が先にあって身体的な運動に導かれるのではなく、身体的な運動こそが感情を喚起するのだと考えた。メイエルホリドのその着想は20年代に入って「ビオメハニカ」という演技メソッドに確立されていく。一見、外見的な演技を俳優に強制しているように見られるこの演技様式は、じつは観客にはこの形を見せるのではなく、形から形に移動する間、ある形が停止した瞬間に観客に、次なる動きを呼び覚ます、その喚起力に重点があるのである。つまり、単に形の演技ではなく、形には現われ得ない、不可視なるものの喚起に重点がある演技である。しかしこれはメイエルホリドだけの独創ではなく、20世紀初頭にあった演技身体の刷新全般にわたる趨勢と軌をいつにしており、その意味ではスタニスラフスキイ流のリアリズム演技とは異なる演技身体の系脈を形成している。次年度はその両者の混合を20世紀後半期の事例を参照しつつ研究をすすめる計画である。
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