本研究は、20世紀前半の音楽におけるナショナリズムの問題を、いくつかの具体的事例に則して、比較検討することを目指していた。研究を通じて明らかになったのは、次の諸点である。 1.ハンガリー、チェコ、スロヴァキアなどにおいて、民俗音楽に関心が寄せられ、熱心な研究の対象となってきた背景に、ナショナリズムの問題があること。 2.しかし、そのような背景の故に、研究の客観的外観の背後に、しばしば国家主義的バイアスが見て取れる場合があること。 3.また、民俗音楽ないし民族音楽研究の枠組み自体が国家、民族の境界に左右されてきた結果、それらの境界を超えた現象について、これまで研究上の盲点となってきた問題が多いということ。 4.上記のような観点からすると、ロマ(ジプシー)による器楽、ユダヤの大衆音楽家クレズマーによる器楽、など儀礼の際の舞踊音楽について、調査を進めることで、これまでの音楽的ナショナリズムの研究に新しい視座を提供することができること。 5.このような問題は、さらに東欧から新大陸へとわたった移民とともにアメリカの大衆音楽の基盤ともなり、またロシアからの亡命者を通して満州、日本等にも及ぶ世界規模の広がりをもった現象であったと考えられること。 別に提出する研究成果報告書(全頁)では、上記1、2、3についてその骨子を論じ、4、5については試行的論考をまとめた。
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