本研究は、19世紀終わりから20世紀前半の音楽におけるナショナリズムの問題を、幾つかの具体的事例に則して、比較検討することを目指していた。これによって今日、ますます重い問題を投げかけつつある「ナショナリズム」的視座が、音楽史にとってどのような意義を持っていたかを明らかにできると考えた。今回まとめた報告書は、およそ次のような構成となっている。 まず「序」では、研究成果について概観を試みた。本課題と関連して書かれた論文、記事、解説、口頭発表などについて、それらが本課題の中でどのような意義を持つかについて述べている。 「本論」は三つの章に分かれる。第一章は「音楽の民族主義:その視覚」と題され、本研究課題の基本的視座を明らかにしたものである。第二章「民族の音楽/音楽の民族」は、昨年度に書かれた論文に基づくものだが、ハンガリー、チェコ、ルーマニアの各国の音楽、音楽研究を主題とするものである。そして第三章「クレズマーをめぐる試論」は、本課題の研究過程で浮かび上がってきた最も興味深い問題である東欧ユダヤの大衆音楽、クレズマーについてシャガールの絵との関連で論じたものである。 この報告書は、本課題が本来含み込むはずの広範な研究のうち、その骨格だけを素描し得たにすぎない。今後、さらに幾つかの論点を補足し、できるだけ早期に単行本として公刊したいと考えている。
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