本年度は一九二〇年代ドイツの時事オペラを、作品分析的な視点から研究した。分析対象は主としてヒンデミット(<今日のニュース>)とクルシェネク(<ジョニーは弾く>および<影を越えて飛ぶ>)の作品である。以下に主要な研究結果を挙げる。 1.時事オペラのドラマトゥルギー上の特徴は、短い場面を次々に交代させていくことであり、この点で映画の作劇術の影響を強く受けている。またこれは、諸動機を交響曲にように大規模な展開することで、一つの場面を途切れることなく出来るだけ大きく拡張していくことを理想としたワーグナー以後の楽劇の作劇術に対する反動とも見なすことが出来る。 2.こうした台本構造に対応して、音楽的には時事オペラは、ワーグナー楽劇以前の「番号オペラ」の構造への回帰の傾向を示している。楽劇のような動機(ライトモチーフ)展開はあまり用いず、レチタティーヴォ的な部分と閉じた部分(アリアや重唱など)が規則的に交代していくのである。 3.時事オペラのもう一つの音楽上の特徴は、アメリカの大衆娯楽音楽(ラグタイムなど)を取り入れている点である。一九二〇年代ヨーロッパではアメリカン・ダンスが大流行したが、時事オペラはそれを反映しているわけである。なおヒンデミットやクルシェネクは、こうした従来のヨーロッパ芸術音楽の語法とは異質の音楽様式をオペラに組み入れるにあたり、アメリカ娯楽音楽風の部分とそれ以外の部分の間に隠れた音程・リズム関連を作りだし、それによって両様式の間のずれが生じるのを避けている。 なお以上の様式特徴は、同時代に作られたベルクの無調オペラ<ヴォチェック>および<ルル>とも共通するものであり、この関係の調査は来年度以降の課題としたい。
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