本年度は1920年代のドイツの時事オペラを「メロドラマ」という視点から分析することを試みた。メロドラマとは十九世紀にパリを中心として大流行した大衆演劇であり、代表的な作家にスクリーブやピクセレクールらがいる。「個人的心情(恋など)と公的義務の間の板ばさみになる個人」「感動的クライマックス」「タブロー」といったメロドラマの作劇術は既に十九世紀オペラに多大な影響を与えていた(とりわけマイヤベーアらのグランド・オペラ、ヴェルディやプッチーニのイタリア・オペラ、そしてワーグナーの楽劇)。そして1920年代の時事オペラには、こうしたメロドラマの作劇術が、きわめて日常的な状況設定の中で、ほぼそのまま温存されているのである。また、危機的状況では調性の定かでない楽想を、クライマックスではロマンチックな調性カタルシスを用いる音楽的手法の点でもまた、時事オペラは十九世紀オペラの伝統を忠実に継承していると言える。また一方、こうした時事オペラの作劇術は、二十世紀のハリウッド映画のそれの前段階でもあると見て取ることが出きる。今後は十九世紀のメロドラマおよびグランド・オペラと二十世紀のハリウッド映画の、音楽的・ドラマトゥルギー的な関連を探ることが課題であると考える。
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