本年度はドロシー・ミラーに関しては、Americans 1942、Americans 1943、14 Americans(1946)の3展覧会のカタログと展覧会評の分析、その背景としての1940年代アメリカ美術の情況や美学思想、更には社会状況との連関を探ることを目標とした。上記の3展覧会の内で最も重要なものは、もちろん第二次世界大戦後の1946年に開催された「14人のアメリカ人(画家)」展である。具象画家と抽象画家が混在するこの展覧会に対する賛否は二分されている。伝統的な立場をとる批評家はもちろんアシル・ゴーキー、イサム・ノグチ、ライス・ペレイラ、マーク・トビー、そしてロバート・マザウェルなどの戦後アメリカの抽象表現主義をになうことになる作家たちをドロシーが選択したことに否定的な評価を与えている。しかしその抽象表現主義のチャンピョン、ポロックを擁護するクレメント・グリンバーグがドロシーの展覧会を「みすぼらしい、未熟、真剣さや自立の精神、エネルギーに欠ける」と『ネイション』誌上で酷評しているのは、明らかに誤りであり、ドロシーの戦後アメリカ美術評価の先見性を無視した点で見逃せない。戦後美術批評の巨匠グリンバーグと比べても、ドロシーの先見性が際だつ展覧会といえる。 夏期休暇には渡米しニューヨーク近代美術館資料室で1ヶ月ドロシー・ミラー文書とフランク・オハラ文書を引き続き調査した。前者では1966年開催の『新しい日本の絵画・彫刻』展関連資料を、後者では1958年夏のオハラの欧州旅行関連の調査を行った。 4年間に亘る研究なので、研究成果は最終年度の研究を終えた後に総合的な視点から研究成果をまとめるが、今年度に関しては、オハラの欧州旅行について、本学図書館所蔵瀧口修造文庫に関するウェブサイトに、論文「瀧口修造とフランク・オハラ」を発表する(3月末日インターネット上に公開予定)ので、それを研究成果の一部として提出する。
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