日本美術史の言説を整理することによって、今日、日本美術史が語るべき視座を見いだそうするのが本研究の目的である。特に、室町時代の水墨画に対する言説を分析の対象とする。もちろん、この分析の対象には、日本近代の研究業績ばかりではなく、室町以降の画史や画論書、また、それ以前の史料をも含み、さらには、海外の研究者の論文も考察する計画を持っていた。研究を開始し後、分析の対象とする言説の範囲を広げることによって考察が浅薄になることを恐れ、また、一層緻密な研究を求めて、その範囲を室町時代を代表する画家・雪舟についての文献に限定することにした。雪舟への言説を分析することは、そのまま、室町時代の水墨画を語る美術史の言説分析と等価と考えたからである。同時代の人たちが雪舟を如何なる人として語っているかを禅僧の語録詩文集に尋ね、ついで、江戸時代の画史・画論書においては、どのような事柄と作品が取り上げられているのか、また、明治期以来の雑誌に掲載されている論文を検討の対象として、それがいかなる関心でどのような語彙を用いてそのことが語られているかの分析を開始した。同時代史料の収集と解読-雪舟と同時代の人たちが語る雪舟イメージの形成の考察-を済ませ、江戸時代の画史類の出版年表の作成、明治以降の研究文献の発表年次配列などを終えた。今後は、これらの江戸時代以降の文献で論じられた主題、取り上げ論じられた作品、使用された語彙の整理、その論の構成の分析を行う。誰が誰に向かって発したいかなる言説であるかを明らかにするとき、今、我々が何をいかに語るべきかということが見えてくるだろう。
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