今年度は、初年度として主に、ジョルジョ・ヴァザーリの主著である『芸術家列伝』の第1版(1550年)と第2版(1568年)の比較検討を中心に研究を進めた。具体的には、序文、「チマブーエ伝」「ジョット伝」「マザッチョ伝」「ベアト・アンジェリコ伝」「パオロ・ウッチェッロ伝」「ジョルジョーネ伝」「ピエロ・ディ・コジモ伝」等々である。両版を比較する基準として、作品や史実に関する情報量、作品記述(エクフラシス)の手法や価値判断、作品を批評する言語、修復や保存への見解等を設定し、これらの観点から第1版と第2版の詳細な比較検討を行った。さらにそのうえで、両版の差異を、それらが著された時期の文化的、社会的、政治的コンテクストのなかに据えることによって、その差異の意味を明らかにしていこうと試みた。ここでその内容を逐一述べることはできないが、両版の比較を通じて主に以下の点が明らかになりつつある。1.古代美術や13-14世紀のイタリア美術に関する情報は第2版で大幅に増大している。これは、両版の間にヴァザーリが各現地を旅行したこと、ユマニストたちとの交流を深めたことと無関係ではない。2.ヴァザーリ自身がメディチ家との関係を深めていったことが、第2版の記述に影響している。3.それに加えて、素描アカデミーの設立もまた両版の間に挟まれるが、この出来事は、作品を評価する基準や言語に影響している(より公式的でアカデミックになる傾向性)。4.第2版には、対抗宗教改革の影がより色濃くでている。これらを踏まえたうえで来年度はさらに、『列伝』の残りの部分についても比較検討を進めていきたい。
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