初年度に引き続き二年目にあたる今年度も、ジョルジョ・ヴァザーリの主著『芸術家列伝』の第1版と第2版の比較検討を中心に研究を進めた。これに加えて、「奇矯(ビザッロ)」「気まぐれ(ギリビッツィ)」「奇妙さ(ストラネッツァ)」「風変わり(ストラヴァガンツァ)」といった批評の用語が、『芸術家列伝』のなかでどのように使われているかについて、詳細な検討をおこなった。アカデミックな芸術批評と発展史的な歴史記述の創始者とされるヴァザーリが、どのような画家や絵画を、いわば異常なものとして捉えていたかを明らかにするためである。具体的には、パオロ・ウッチェッロ、ピエロ・ディ・コジモ、ポントルモ等に関する記述を検討した。この問題においても、第1版と第2版とでは、微妙な評価の違いを見せている。ヴァザーリにおいて、「奇矯」なるものは、たしかに理性によって囲い込まれ、「他者」として悪魔払いされる傾向を示しはじめている。しかし、ミシェル・フーコーが古典主義時代の「狂気」について述べているように、理性と狂気の双方から干渉しあい、交叉しあう世界はなおも生き続けていた。ヴァザーリの芸術観からも、そのことを跡づけることができる。この研究の成果は、「ジョルジョ・ヴァザーリと表象の病-〈奇矯〉なるものをめぐって」と題されて、『美学と病理学』(科学研究費成果報告、代表者岩城見一)に発表された。
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