本年度は主に、ヴァザーリの批評言語における用法と意味に焦点を合わせて研究をすすめた。たとえば、ヴァザーリはしばしば「奇矯」(ビザッロ)とか「綺想」(カプリッチョ)という用語を用いて、画家やその作品を批評する。ヴァザーリにとっていったい何が「奇矯」あるいは「綺想」な表現とみなされていたのか。どんな行動や性格を示す画家が「奇矯」な画家とされ、どんな図像や様式の絵が「綺想」と評価されていたのか。こうした点を『芸術家列伝』のなかに具体的に検討することによって、必ずしも否定的とばかりはいえない「奇矯」や「綺想」の両義的な性格を明らかにした。画家の名前でいうなら、パオロ・ウッチェッロ、ピエロ・ディ・コジモ、ヤコポ・ポントルモらがその対象となる。一方、この用語はまた、19世紀以後の精神医学において、精神病(と診断された)患者の言動や絵の「異常性」を示すためによく使われたものである。こうした近代における「奇矯」の用法と比較することによって、ヴァザーリ(とその時代)における「奇矯」や「綺想」という言説の意味を浮かびあがらせることができる。
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