平成13年度は、「彦火々出見尊絵巻」の模本に描かれた異界の表現、ひいては院政期の異界観について検討した。まず、「彦火々出見尊絵巻」の原本と同じ、常磐光長または光長工房の作である「伴大納言絵巻」「吉備大臣入唐絵巻」を取り上げ、これらの絵巻に描かれたモチーフを、装束、武器、調度、建築、自然、乗物の六つのジャンルに分け、さらにそれらを、帝(皇帝、龍王)、男性貴族、女房(女官)、武将、庶民の装束、扇(団扇)、刀(剣)、槍、鉾、弓矢、馬具、飲食器、家具、建物、樹木、牛車、船に細分し、比較検討した。 その結果、三つの絵巻はそれぞれ日本、中国、龍宮を卿台にしているが、「吉備大臣入唐絵巻」に表わされた中国風のモチーフは、「彦火々出見尊絵巻」における龍宮世界のモチーフと共通すること、そして、これらの異国・異界のモチーフは、日本を舞台にした「伴大納言絵巻」のモチーフと基本的に同形ではあるものの、輪郭線を湾曲させ、大柄な文様を描き込み、鮮やかな色彩を塗るなど、より装飾的に加工されたものであることが明らかになった。 これらのことから、色彩と装飾の過剰なモチーフは、絵巻の鑑賞者に対し、物語の舞台が異国または異界であるとの認識を促し、それらが繰り返し用いられることによって、異国・異界を表わす記号になっていったと考察される。すなわち、院政期における想像上の異国・異界とは、色彩と装飾の過剰な世界であったと考えられる。詳細は、平成14年度中に論文として発表する予定である。
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