本年度は4年間にわたる本研究の最終年度に当たり、これまでの調査を通して、特に8・9世紀の木彫像及び乾漆像や塑像の心木の樹種に関してはデータの蓄積が充実してきたこともあり、そのデータを整理分析して研究成果を論文としてまとめた(金子、岩佐及び森林総合研究所の能城修一氏、藤井智之氏と共同執筆。平成15年4月刊行の『MUSEUM』第583号に掲載予定)。本論文では8・9世紀において木彫像が造立される場合にその用材として一般的にカヤが選択されていた実態を明らかにした。用材としてカヤを選択する認識は、畿内のみならず、地方に所在する当該期の木彫像にも及んでいることから、その思想的な背景として、『十一面神呪心経義疏』に説かれる白檀の代用材としての栢(日本ではカヤに当てられていた可能性が高い)の認識が重要な意味をもち、その地方への波及は奈良の僧侶たちによって行われた可能性を指摘した。ただし、カヤの分布から外れる東北地方ではケヤキが採用されていることが多く、それがどのような用材観によってなされたかについては今後の課題となった。また、乾漆像や塑像の心木については、調査できた作例中の多くがヒノキやケヤキ、スギなどであり、木彫像と乾漆像や塑像の心木とでは、原則として用材選択の認識が明確に区別されていたと考えられる。8・9世紀の一木彫の成立には、木心乾漆像の木心部の発達が重要な役割を果たしたという説があるが、その可能性は否定され、白檀の代用材としての栢の認識が重要な意味をもっていたことをより明確化することができたといえる。 本年度は、本論文の作成にともなう資料整理、関連資料の収集及び調査を主眼に進め、さらにその成果を踏まえて研究報告書を作成した。
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